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神戸地方裁判所 昭和61年(ワ)1018号 判決 1989年2月28日

原告

武 田 茂 治

右訴訟代理人弁護士

深 草   徹

被告

神戸タクシー株式会社

右代表者代表取締役

松 本 弘 治

右訴訟代理人弁護士

猪 野   愈

主文

一  原告が被告の従業員たる地位を有することを確認する。

二  被告は原告に対し、昭和六一年三月二一日以降毎月二八日限り、金一〇万一二八二円を支払え。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

四  この判決は、第二項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文第一ないし第三項と同旨。

第二項につき、仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1(当事者)

(一)  被告は、タクシーによる輸送業務を主たる営業目的とする株式会社である。

(二)  原告は、昭和五七年二月一日、被告に雇用され、タクシー運転手として稼働してきた。

2(解雇の意思表示)

被告は、昭和六一年三月二一日付けで、原告を、上司に対する暴行・脅迫があり、これが就業規則二二条二項三号、一九号に該当するので解雇する旨の意思表示をした。

3(解雇の無効)

(一)  解雇事由の不存在

(1) 被告は、昭和六一年一月三一日、同年二月四日、一七日、同年三月四日の四度に亘る原告と宮内弘人常務取締役との言動を捉えて本件解雇を行ったものであるところ、確かに、原告が右宮内に対し売り言葉に買い言葉で多少の暴言を吐いたことは否定しないが、暴行を行ったものでないのみならず、宮内自身も原告に対し闘争的な言葉を浴せており、原告が一方的に暴言を吐いた訳ではない。

(2) したがって、原告には就業規則該当の解雇事由は存在しない。

(二)  不当労働行為

(1) 被告においては、労働組合は組織されておらず、約三〇人で任意に組織された親睦会(神戸タクシー神睦会、以下「神睦会」という。)が存在するのみであった。そのため、被告においては、運行収入に極端に依存する賃金体系、運転手毎に個別に一か月単位で指定される休日制度など、労働条件は、同業他社に比較し運転手に著しく不利益となっていた。

(2) そこで、原告は日頃、神睦会を正式に労働組合とし、かつ上部団体に加入しなければならないと考えていたが、神睦会の会計を務めていた昭和六〇年一二月二〇日、神睦会役員の会合で右見解を強く主張し、その賛同を得た。そこで、同会の役員一同は、同日、被告代表者らに対し、運転手に不利益な労働条件を改善するため神睦会を正式の労働組合に改め、かつ上部団体に加入する旨を通知したところ、被告代表者らは、「問題点は改めるので、これまでどおり神睦会のままでいてほしい。また、上部団体に加入しないでほしい。」旨を懇請した。

(3) 右懇請を受けて、神睦会役員は、再度検討した結果、神睦会を神戸タクシー神睦労働組合(以下「神睦労働組合」という。)に改めるが、上部団体には加入しないとの意見が多数を占め、同月二三日、神睦会の臨時大会で、右多数意見のとおり決定された。

(4) 被告は、その後態度を急変させ、昭和六一年一月初めころ、タクシー業界における労務問題を各所で手掛けてきた宮内弘人(以下「宮内」という。)を常務取締役に就任させ、労務対策に当たらせ、服務規律の面で様々な締付けを強化してきた。

(5) 原告は、かかる被告の態度に憤りを持つとともに、将来に対する不安を抱き、同月中旬ころ、全日本運輸一般労働組合神戸支部(以下「運輸一般」という。)に相談に赴き、その指導により運輸一般の分会づくりを進め、同僚の乗務員に対し積極的に働きかけ、同月末には四名、同年三月二〇日には一〇数名の賛同を得て、同月二〇日過ぎ分会結成の目処を付けた。

(6) また、原告は、同年二月下旬ころ、被告における前記の賃金体系や休日制度を始めとする労働条件について、所轄の労働基準監督署に改善・是正を求め、さらには、運輸省神戸陸運支局に対し、行政指導を求めるなどの行動をとり、その結果、同年三月四日、所轄労働基準監督署により、被告に対する立入調査が実施されるに及んだ。

(7) 他方、被告は、原告から個人として上部団体に加入した旨の通知を受けた後の同年一月三一日、神睦労働組合との労使協議会に原告が出席することを拒否し、前記立入調査実施後には、原告の行動について右組合に苦情申入をし、「働く仲間の足を引っぱる」との見解を載せたビラを発行させるなど、原告に対する嫌がらせを行ってきたが、その効果もなく、前記のとおり運輸一般の分会結成は目前に迫っていた。

(8) このような状況において、被告は、運輸一般の分会結成を阻止し、その中心人物である原告を嫌忌し職場から放逐するため本件解雇の意思表示を行った。

したがって、本件解雇は不当労働行為に該当する。

(三)  解雇権の濫用

本件については、原告の性格、被告における労使関係、宮内の経歴・言動・役割、原告の真意・他の管理職に対する態度、タクシー乗務員の日頃の言葉使い及び原告の宮内に対する言動の程度等(詳細につき、後記「四」参照)を考慮すると、仮に原告の言動が就業規則所定の解雇事由に形式上該当するとしても、解雇は行き過ぎであり、むしろ、原告の組合活動、とりわけ運輸一般の組合を被告内に組織しようとしていたことを嫌忌し、職場から排除することを狙ってなされたものであるから、本件解雇は解雇権の濫用として無効である。

4(賃金)

原告の本件解雇直前の昭和六一年一月から三月分までの賃金は次のとおりであって、その平均賃金は一〇万一二八二円であった。また、賃金の支払については、毎月二〇日締切り当月二八日支払の約束であった。

一月分 一二万三三一七円

二月分 一〇万四九六九円

三月分 七万五五六二円

5(紛争の存在)

被告は、昭和六一年三月二一日付けをもって原告を解雇したとして、原告の従業員たる地位を争っている。

よって、原告は被告に対し、原告が被告の従業員たる地位を有することの確認を求めるとともに、昭和六一年三月二一日以降毎月二八日限り、金一〇万一二八二円の賃金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1(当事者)について

(一) 同(一)の事実は認める。

(二) 同(二)の事実のうち、被告が原告を昭和五七年二月一日から期間一年の契約でタクシー乗務員として雇用してきたことは認めるが、その余の事実は否認する。

2  同2(解雇の意思表示)の事実は認める。

但し、解雇事由に該当する就業規則の条項は、原告主張のものに限られない。

3  同3(解雇の無効)について

(一) 同(一)の事実は争う。

(二) 同(二)(1)の事実のうち、被告においては昭和六一年三月一日付けで労働組合結成通知を受けるまで労働組合が組織されていなかったこと、被告においてはタクシー乗務員により任意に組織された親睦会が存在したこと(ただし、会員は約四〇人であった)、被告においてはタクシー乗務員の賃金体系がボーナス還元制という制度をとってきたことはいずれも認めるが、その余の事実は否認する。

(三) 同(二)(2)の事実のうち、神睦会役員一同が昭和六〇年一二月二二日に被告に対し上部団体に加入する旨を通知したこと、被告代表者らが右役員に対し上部団体に加入しないよう懇請したことはいずれも否認し、その余の事実は不知。

(四) 同(二)(3)の事実は不知。

(五) 同(二)(4)の事実のうち、被告が昭和六一年一月六日に宮内を常務取締役という肩書で雇用したことは認めるが、その余の事実は否認する。

(六) 同(二)(5)の事実は不知。

(七) 同(二)(6)の事実のうち、原告主張のころ西宮労働基準監督署が被告を立入調査したことは認め、その余の事実は不知。

(八) 同(二)(7)の事実のうち、被告が原告から同年一月三〇日付け「上部組合加入届」なる書面の提出を受けたこと(ただし、右書面には加入したという労働組合名の記載はなかった)、被告が同月三一日の神睦労働組合との労使協議会に原告の出席を拒否したことはいずれも認め、その余の事実は不知。

(九) 同(二)(8)の主張は争う。

(一〇) 同(三)の事実は争う。

4  同4(賃金)の事実は認める(ただし、平均賃金に関する主張は争う)。

5  同5(紛争の存在)の事実は認める。

三  被告の主張及び抗弁

1  本件解雇の理由(就業規則による解雇)

(一) 被告の就業規則

被告の就業規則二二条一項二号、七号、一三号及び同条二項二号、三号、一四号、一九号は、懲戒の基準について、次のとおり規定している。

二二条一項 従業員が次の各号の一に該当するときは、前条の第一号から第四号まで(注・譴責、減給、出勤停止及び乗務停止)のいずれかを適用して懲戒する。

二号 勤務時間中許可なく職場を離れたり又は車両を放置し、あるいは勤務を怠ったとき

七号 業務に関する上司の命令又は担当係員の指示に従わないとき又は反抗したとき

一三号 浮説を流布して社内に混乱をおこし、又は運営に支障を及ぼし若しくは会社や他人の信用を傷つけたとき

二二条二項 従業員が次の各号の一に該当するときは解雇(注・懲戒解雇)する。但し、情状を酌量すべきものがあったときは諭旨解雇とする。

二号 前項各号の行為があって特にその情が重いとき

三号 他人を脅迫したとき又は傷害を与えたとき或いは業務の遂行を妨害し、能率を低下させたとき

一四号 正当な手続によらないで職務を放棄し、又は共同して業務の運営を妨げ、あるいは業務の能率を低下させたとき

一九号 その他前各号に準ずる程度の不都合な行為のあったとき

(二) 本件解雇の事由

(1) 事前の事情

原告は、業務執行中の追突事故に関する加害者との間の民事訴訟につき、被告から弁護士費用等訴訟実費(一八六万八六九五円)、休業補償費及び健康保険・厚生年金等掛金の立替払を受けていたが、右訴訟の勝訴による被告の立替金返還要求に応諾せず、昭和六一年一月三〇日、漸く後二者の全額と弁護士費用等のうちの一一〇万円を被告に支払うとの和解が成立し、原告はその支払をなした。

(2) 昭和六一年一月三一日の件

イ 被告は、同日、神睦労働組合との間の第一回労使協議会開催に先立ち、右労働組合執行委員長田中日出丸から原告を右協議会にオブザーバーとして参加させることの了解を求められたが、原告からその前日上部組合加入届を受理していたため、その参加を断わったところ、原告はこれに承服せず被告との話合いを求めてきたので、被告の宮内と山本総務部長とが応接した。

ロ 宮内は、その前日、原告から提出された上部組合加入届に関し、原告に対し「上部組合とはどこの組合か、神睦労働組合の組合員としての地位はどうなるのか。」を問い質したところ、原告は、「上部組合の名は言えないし、言う必要もない。そんなことは関係ない。わしを会議に出席することを認めたらよい。」と言うのみであったので、宮内が、「どちらの組合の身分で出るのかもはっきりしない以上、出席を認める訳にはいかない。二足のわらじを履いてものを言われても、会社は困る。協議会への参加は認められないから、仕事をするように。」と述べたところ、原告は、「二足のわらじ」との言葉尻を捉え、宮内に対し、「何。仕事せえ、ようもぬかしやがったな、誰にもの言うとんや。二足のわらじとは何ごとや。わしは三足のわらじを履いたことはあるけど、二足のわらじは履いたことはないわ。よし勝負したる、表へ出え、殺(い)ってもたる。われ、表へ出んかい。」と言うなり、宮内の左腕を掴んで外へ引きずり出そうとした。居合わせた水上課長が仲に入って、その場を収めたが、その間にも、「殺(い)ってもたろか、三年入ったらしまいや。どたまにくるわ。」等と暴言を吐き続け、結局、午前八時ころから午前一〇時半ころまでこの状態が続いた。

ハ 原告の右言動は就業規則二二条二項三号に該当する。また、原告は、当日、公休出勤による勤務日であるのに、右(2)掲記のとおり午前七時五五分から午前一一時ころまでの間、乗務すべき車両を放置して職務を放棄したもので、これは就業規則二二条一項二号、七号、二項二号、一九号に該当する。

(3) 同年二月四日の件

イ 宮内が、同日午前七時五五分、乗務員二〇数名について一斉点呼を開始しようとしたところ、原告は宮内に対し、全員の面前で、「あのがき、わしに二足のわらじを履いとるとぬかしやがった。承知せんぞ。おのれはカカアと、ガキを殺しやがって(宮内の先妻の不注意により長男がガス中毒で死亡した事実を指す)、覚正寺(亡くなった長男の菩提寺で被告肩書地の近くにある寺を指す)へ行かんかい。おのれはどこの貸元や、二足のわらじと言うた以上、貸元やろ。どこの貸元や、わしがどこに二足のわらじ履いているんや、言うてみい。コラ、殺(い)てもたろか。」等と大声をあげて罵倒し、点呼を妨害したので、宮内が、「点呼中だ、静かにしろ。」と幾度か制止したが、聞き入れず、今度は整列している乗務員の方に向かって、「あのがき、殺(い)てもたる。皆なめられたらあかんぞ、あんなもん、皆でおい出したらええんや。」と大声でわめき、宮内がなす点呼を妨害し、その結果、点呼は中止するのやむなきに至った。

ロ さらに、原告は被告の二階事務所において、「今日は勝負したる。三年入ったらしまいや。コラなめくさって、コラ。わしに二足のわらじを履いとるとぬかしやがった以上、お前は貸元やろ。どこの貸元や、言えコラ、言わんかい。わしは八尾のエッタや、お前に下駄あずける。」と宮内を大声で罵倒し、自分の履いていたサンダルを脱いで、机の上に裏返しにして置き、二度三度叩きつけ傍若無人に振舞い、宮内が、「私はこの会社の常務だし、堅気の人間だ、貸元なんかでない。馬鹿なことは止めろ。」と制止したのも聞き入れず、さらに、「おのれに下駄あずける言うとんじゃ、請けんかい。請けへんのやったら殺(い)てもたろか、三年入ったらしまいや。コラ、貸元やったら返事せんかい。」とわめき、宮内が、「片方では神睦労働組合の組合員で、他方では上部団体個人加入の組合員。そんなのを二足のわらじと言うのや、堅気でも使う言葉や。」と言ったところ、これに激昂して、やにわに立上がって、座っている宮内の胸ぐらを掴んで引きずり出そうとした。

ハ 原告の右言動は就業規則二二条二項三号に該当する。また、原告は、当日、勤務の一環として点呼を受けるべき義務があるのに、右記載の言動をなしたことは、同条一項一三号、二項二号、一四号、一九号に該当する。

(4) 同年二月一二日、一七日の件

イ 原告は、同年二月一二日、被告のタクシー乗務員である井本を立会人として被告代表者と面談のうえ、被告に対して次のとおり申入れた。

(イ) 宮内を辞めさせること。

(ロ) 一月三一日に上部組合加入届を提出したことについて回答すること。

(ハ) 一月三〇日の裁判費用をめぐる和解については白紙に戻すので、原告が被告に支払った一〇〇万円を目の前に積み、その上で改めて話合うこと。

(ニ) 以上の三点について、二、三日中に井本を通じて回答すること。

ロ 被告代表者は、同月一七日、右申入に対し、「(イ)については、その意思がない。(ロ)については検討のうえ回答する。」旨を回答したが、原告は、承服できないと言い、約一時間三〇分余りに亘って押問答となった。

そこで、宮内が原告に対し、「裁判費用の件は一月三〇日円満に解決している。」旨を述べると、原告は、「お前とは話せん、すっこんどれ。」と暴言を吐き、さらに宮内が、「社長。山本部長と私が会社を代表して武田さんと決めた話だから、当然話す必要がある。一度納得したものを蒸し返すのは筋が通らん。」と言うや、原告はやにわに立上がって、宮内に掴み掛ろうとする気勢を示し、さらに、大声で「おのれ、殺(い)てもたろか。月夜の晩ばっかりやないで、おのれすっこんどれ。」と血相を変えて凄み、さらに、「このおっさん(宮内)を会社から追い出せ、そしたら話は全部元へ戻すわ。それでなかったら二月二〇日までに一〇〇万円つくって来い。今日はこれでおしまいや。」と暴言を吐いて退去した。

ハ 原告の右言動は就業規則二二条二項三号に該当する。

(5) 同年三月四日の件

イ 同日の一斉点呼の際、宮内が労働時間に関する改善基準について訓示をしていた途中、原告は宮内に対し、「コラ、おのれ。返事さらさんかい。法律法律言うのやったら、遺留品を勝手に自分のもんにしたらどないな罪になるんや、しっかり答えんかい。」とわめき出し、宮内が、「それは法的にいえば、横領になるでしょう。」と答えると、原告は、かさにかかって、「オーイ、皆聞いたか。この会社の常務は横領しとるんや何が運転手に法律守れや、おのれら横領しとるやんか。横領や横領や。」と点呼業務の妨害となるように掻き立て、宮内が、「横領って誰のことや。」と言うと、原告は、「松本常務やないか、夜警の日誌見たら分るやろ。お前らの目は節穴か、遺留品横領やないか。豆どこへやったんや、キッチリいてもたるぞ。この横領のこと世間にバラしてキッチリいてもうたるからな。覚えておけ。」と叫ぶので、宮内が「松本常務が横領って、何てことを言うんや。」とたしなめると、原告は激昂して、「おのれ、よう覚えとけよ。おのれはこの世から抹殺してやるからな、覚悟しとれや。」といったうえ、乗務員二〇数名の面前で宮内に体当たりし、さらに「コラおのれ、コラおのれ。」といいながら宮内を身体で押しまくり、そのため宮内のネクタイピンが折れるという暴力を振るい、「お前をこの世から抹殺したると言うとるんや。覚悟しとれよ、キッチリ殺(い)てもたるぞ。」とわめき、そのため、その場は大混乱となった。

ロ 原告の右言動は、就業規則二二条二項三号に該当する。また、原告は、当日点呼を受ける義務があるのに、右記載の言動をなしたことは、同条一項一三号、二項二号、一九号に該当する。

(6) 解雇の決定

以上のとおりであるところ、被告乗務員の間から、「一体会社はどうしているのか。武田に言いたい放題言われっぱなし、されっぱなしで何もよう処置できないのか。武田のような無法な人間は従業員として認める訳にはいかないから、善処してもらいたい。」の声があがり、さらに、同年三月一〇日以降、原告が山本部長に暗に金銭を出せば解決してやると言わんばかりの言動もあったこともあった。これらをも考え併せ、社内で慎重に審議した結果、被告は、原告の前記言動は暴言・暴行及び上司に対する反抗、点呼業務の妨害等職場秩序を全くびん乱させる行為の連続であり、かつ、反省の色もないので、職場秩序を回復、維持するため原告を企業外に放逐するほかないとの結論に達し、そこで、就業規則の前記各条項に基づいて、同月二一日、原告を通常解雇するに至ったものである。

2  不当労働行為の非該当

(一) 被告は、従来から原告は神睦会の会員であると認識し、かつ、昭和六〇年一二月二二日付け神睦会から被告宛文書により、原告は神睦労働組合の会計担当になると承知しており、原告から昭和六一年一月三〇日付けで上部組合加入届の提出のあった後も、右神睦労働組合を脱退したとの通知は右組合からも原告からもなく、かつ、原告は同月三一日開催の労使協議会にも立会う権利があると主張して、右組合の組合員として行動しており、原告提出の上部組合加入届については、原告の性格から考えて単なるプラフとしか考えられず、結局、被告は、本件解雇当時原告を神睦労働組合の組合員であるとの認識しかなかった。

(二) したがって、被告が、本件解雇当時、運輸一般なる労働組合を嫌忌するはずがないし、また支配介入の意図も、不利益取扱の意図も、またそれらの必要性も全くなかったものであって、本件解雇は、組合活動とは全く異質の企業秩序破壊行為に対する防衛として行ったものであるから、不当労働行為には該当しない。

3  解雇権濫用の非該当

(一) 一般に、労働者は、労働契約の締結により、単に労働の提供が誠実であるだけでなく、企業全体への誠実義務(企業秩序遵守義務)も負い、上司あるいは同僚などに対する暴行・暴言は、当然企業秩序侵害行為となり、懲戒処分の対象となるものである。

(二) 本件については、原告から交通事故の加害者に対する民事訴訟について、被告が費用を立替えていたところ、右訴訟が終結し費用の精算につき宮内が関与した結果、原告は、不本意ながら立替費用の返還をさせられることになり、宮内に対し嫌な奴という気持を持ち続けることになったが、それ以外、宮内は、日常の運送業務の執行に関し原告に指示注意したことは全くなかった。

ところが、昭和六一年一月三一日、被告が同日開催の労働協議会について原告の参加を断ったところ、原告は、強いて被告との話合いを求め、宮内の言葉尻を捉えて暴言を吐くに至り、以来、同年三月四日までの間、前記1掲記のとおり、前記私憤(立替費用の件)の吐け口を求めて暴言・暴行を繰り返えし、上司である宮内に対して勤務時間中業務の円滑な運営を阻害する行為を反覆したものであり、かつ、全く反省の色も見せなかった。

(三) 原告の右の如き言動を理由としてなした解雇は、社会通念にてらし使用者としての合理的な裁量の範囲を逸脱したものとはいいえないものであり、むしろ、企業の円滑な運営に不可欠な企業秩序の維持確保のため、かかる暴言・暴行に及んだ原告を引き留めておくいわれがないものであって、原告の、本件解雇が解雇権の濫用であるとの主張は、全く理由がない。

四  被告の主張及び抗弁1(本件解雇の理由)に対する認否

1  同(一)(被告の就業規則)及び同(二)(1)(発端)の事実は認める。

2  同(二)(2)の事実(一月三一日の件)のうち、原告が「二足のわらじとは何じゃ。」、「ケンカを売るのやったら表へ出え。勝負してやる。表へ出んかい。」と述べたことは認め、その余の各事実はいずれも否認する。

なお、原告の右言動は、宮内の挑戦的な言動に対応してなされたものであるうえ、口論は短時間で終っている。

3  同(二)(3)の事実(二月四日の件)のうち、原告が、点呼時に述べた言動(ただし、「おのれはカカアと、ガキを殺しやがって、覚正寺へ行かんかい。」、「コラ、殺てもたる。」との発言を除く。)及び二階事務所に上がってからの発言中、「わしに二足のわらじを履いとるとぬかしやがった以上、お前は極道だろう。どこの極道や。」は認め、その余の事実は否認する。

右の「その余の事実」は全て被告の誇張である。

4  同(二)(4)の事実(二月一二日、二月一七日の件)は、原告が「おのれ、殺(い)てもたろか、月夜の晩ばっかりやないで。」と凄んだとの点を除き、総て認める。

なお、原告は、宮内を排斥するため、右両日、被告代表者らに対し談判に及んだもので、裁判費用の問題は関心事ではなかった。

5  同(二)(5)の事実(三月四日の件)のうち、原告が、「おのれ、よう覚えておけよ、おのれはこの世から抹殺してやるからな、覚悟しとれや。」と発言し、宮内に体当りのうえ、「コラおのれ、コラおのれ。」と身体で押しまくり、宮内のネクタイピンが折れるほどの暴力を振ったこと及び原告が「お前をこの世から抹殺したると言うとるんや、覚悟しとれよ、キッチリ殺(い)てもたるぞ。」と発言したことはいずれも否認し、その余の事実は認める。

第三  証拠<省略>

理由

一請求原因1(当事者)、2(解雇の意思表示)の各事実はいずれも当事者間に争いがない。

二被告主張の本件解雇理由の存否

1  被告の就業規則に被告主張のような規定が存することは、当事者間に争いがない。

2  また、被告主張の「解雇の事由」のうち「(1)事前の事情」及び以下の事実はいずれも当事者間に争いがない。

(一)  昭和六一年一月三一日の件

同日、被告と神睦労働組合との労使協議会が開催される予定であったこと、右に先立ち、右労組委員長田中日出丸が被告に対し右協議会に原告をオブザーバーとして参加させることの了解を求めたこと、被告は前日に原告から上部組合加入届の提出を受けていたことから、その参加を拒否したこと、原告はこれに承服せず、原告と被告(宮内及び山本総務部長)とが話合ったこと、宮内が原告の資格を問題にして、「どちらの組合の身分で出るのかもはっきりしない以上出席を認める訳にはゆかない。二足のわらじを履いて、ものを言われても会社は困る。協議会参加は認められないから、仕事をするように。」と述べたこと、これに対し、原告が宮内に、「二足のわらじとは何じゃ。」「ケンカを売るのやったら表へ出え。勝負してやる。表へ出んかい。」と言ったこと。

(二)  同年二月四日の件

同日の点呼時に、原告が宮内に対し、「あのがき、わしに二足のわらじを履いとるとぬかしやがった。承知せんぞ。」「おのれはどこの貸元や、二足のわらじと言うた以上貸元やろ、どこの貸元や。わしがどこに二足のわらじ履いているんや、言うてみい。」「皆なめられたらあかんぞ。あんなもん、皆で追い出したらええんや。」と言ったこと、二階事務所で同様に「わしに二足のわらじを履いとるとぬかしやがった以上、お前は貸元やろ、どこの貸元や(ただし、原告は「貸元」ではなく「極道」と言ったと主張する)。」と言ったこと。

(三)  同年二月一二日、一七日の件

原告が、同月一二日、被告に対し、「被告らの主張及び抗弁」1(二)(4)イの(イ)ないし(ニ)記載の申入れをなしたこと、これに対して被告代表者が、同月一七日、原告に対し、「宮内を辞めさせる考えはない、原告の上部組合加入届に関する問題は検討の上回答する。」旨を回答したこと、原告はこれに承服せず押問答となったこと、原告が宮内に対し、「お前とは話せん、すっこんどれ。」「このおっさん(宮内)を会社から追い出せ、そしたら話は全部元へ戻すわ、それでなかったら二月二〇日までに一〇〇万円作ってこい。今日はこれでおしまいや。」と発言したこと。

(四)  同年三月四日

同日の点呼の際、原告が乗務員の前で松本常務が遺留品を勝手に処分した旨を発言したこと。

3  被告は、右に加えて、「被告の主張及び抗弁」1記載のとおり、原告が宮内をもっと多弁に暴言を吐き、かつ暴行を加えた旨を主張し、原告はこれを争うので、以下順次判断する。

(一)  右当事者間に争いのない事実、<証拠>を総合すると、後記(二)を除き、右被告主張の事実を認定できる<証拠判断略>。

(二)  ところで、被告はさらに、原告が同年三月四日の点呼に際して、宮内にネクタイピンが折れるほどの暴行を加えた旨を主張し、原告はこれを争うので、以下判断するに、この点、<証拠>は右被告主張事実に沿う証言をするが、右両証人の各証言は、大袈裟なところがあり、次に説示するところと対比して、にわかに措信できない。また、宮内が折れたとされるネクタイピンを昭和六一年五月三日に撮影したと被告の主張する<証拠>については、その撮影日時が本件訴訟を本案とする仮処分事件係属よりも後である(このことは、<証拠>より明らかである。)にもかかわらず、現物である右ネクタイピンは現に存在しないこと、原告のなした行為は手を出すことなく、腹をぐいぐい押付けるようなものであった(このことは、<証拠>を総合して認められ、これに反する証拠はない。)のであって、かかる態様の所為からネクタイピンが折れるということは通常考え難いことから、前記写真をもって被告主張のような暴行のあった証左となすことはできず、結局、本件全証拠によるも、被告主張のごとき原告による暴行の事実を認めるには足りない。

4  右事実によれば、原告の言動中、昭和六一年一月三一日の件のうち、宮内に対する暴言の点は被告の就業規則二二条二項三号に、職場放棄の点は同条一項二号、七号、二項二号、一九号に該当し、同年二月四日の件のうち、宮内への暴言・暴行の点は同二二条二項三号に、点呼を妨害し、これを懈怠した点は、同条一項一三号、二項二号、一四号、一九号に該当し、同年二月一二日、一七日の件(宮内への暴言)は同二二条二項三号に該当し、同年三月四日の件のうち、宮内への暴言の点は同二二条二項三号に、点呼を妨害し、これを懈怠した点は同条一項一三号、二項二号、一九号に該当するから、被告のなした本件解雇は特段の事情が認められない限り、理由があるものである。

三解雇権の濫用について

1  本件紛争に至る経緯

被告には、昭和六〇年一二月まで労働組合が存在せず、約三、四十人の乗務員で任意に結成された神睦会が存在していたことは当事者間に争いがなく、また<証拠>によれば、被告と神睦会との関係は従前、後記の点を除き、概ね良好であったこと、昭和五九年八月、被告が斜め公休制度(従前の日曜公休制に替えて毎月予め各乗務員の休日を指定する制度)を導入したことを契機に、神睦会の会員の中に、神睦会を正式の労働組合とし、かつ上部団体に加入させようとの意見が現われ、昭和六〇年五月一九日開催の神睦会の定期大会で右意見(原告が主になったと思われる)が提言され、同年一二月二二日には、右実現に向けて臨時大会が開催されるに至ったこと、しかし、臨時大会では、神睦会を神睦労働組合に名称変更するが、上部団体には加入しないことに決定したこと、これを不満として原告は昭和六一年一月初め頃右組合役員を辞任したこと、その後の昭和六一年一月六日、宮内が被告に入社したこと、以降、宮内の主導により被告のタクシー乗務員に対する労務管理が強化されていったこと、このような状況のもとで、原告と宮内との前記認定の如き本件トラブルが発生したこと、以上の事実を認定でき、これに反する証拠はない。

なお、被告は、原告が被告から金員を取得するため、一連の暴言を繰返し、あるいは組合活動をなしたかのように主張し、なるほど乙第一四、第一六号証には右に沿う記載が見受けられるが、右書証は、何ら補強するものがないからにわかに措信し難く、他に右主張事実を認めるに足りる証拠がないから、被告の右主張は採用できない。

2  宮内の経歴等

<証拠>によれば、宮内は、昭和四二年ころから約一年半に亘り被告に勤務し、労務管理等に従事したことがあること、そのころ、被告には神戸タクシー労働組合が存在していたこと、さらに宮内は、昭和四八年ころにも被告に勤務し、労務管理等に従事したこと、そのころ、宮内の主導により、京都のタクシー業界を範としたプルーボーイシステム(乗務員の雇用期間を一年間に区切る制度)が被告にも導入されるに至ったこと、そのころ神戸タクシー労働組合は消滅し、これに代り神睦会が結成されたこと、以上の各事実を認定でき、右認定に反する証拠はない。

3  原告の性格及び勤務状況等

(一)  <証拠>によれば、原告は、タクシー業界に長い経験を有する優秀で指導的な乗務員として、同僚からだけでなく、会社からも信頼され、宮内が入社してくるまで被告社内でトラブルを起こしたことはなかったし、宮内入社後も、被告の他の管理職とはトラブルを起こしたことがなかったこと、原告は、いわゆる河内の生れで、平生から、言葉使いが荒いタクシー乗務員の中にあってもとりわけ声が大きくかつ言葉使いの荒かったこと、以上の事実が認定でき、右認定に反する証拠はない。

(二)  また、<証拠>によれば、原告は、昭和六〇年ころ、神睦会の会計を務め、実質的には神睦会の三役の地位にあったこと、また、原告は、神睦会の中にあって、会社に対抗して乗務員の地位向上を図る立場を採り、神睦会を正式の労働組合とし、かつ上部団体加入を強く主張する中心的存在であったこと、原告は、昭和六〇年一二月二二日の臨時大会で上部団体加入が決定されなかったことに不満を抱いていたこと、翌年早々宮内が入社したが、宮内の経歴を知った原告は、将来に不安を感じ、個人として運輸一般に相談に赴くようになったこと、原告は、昭和六一年一月三〇日、被告に対し個人で上部団体に加入する旨の届を提出し(この事実は当事者間に争いがない)、以後、運輸一般の分会づくりを進め、同年三月下旬には約一〇人の賛同を得るに至ったこと、以上の事実を認定でき、右認定を覆すに足りる証拠はない。

4  結論

以上認定の諸事実によれば、原告の前示言動は、前判示のとおり、それ自体だけからすれば確かに被告主張のとおり就業規則所定の解雇事由に当たるところではあるが、まず、暴行の点については、それ自体では解雇するには値しない程度の軽微なものであるし、また、暴言の点も、前判示のとおりの本件解雇に至る経緯及び宮内の経歴並びに本件弁論の全趣旨に鑑みるとき、右暴言は、宮内にのみ向けられかつ、その挑発に応じたものが殆んどであること宮内を雇った被告には、不当労働行為と指摘されても仕方がないかのごとき組合活動抑圧の意思が窺え、本件解雇もその一環としてなされたものではないかとの疑念を否定し難いこと、を彼此総合勘案すると、本件解雇は、いまだ相当な解雇事由がないのに原告を無理矢理職場から放逐するため、被告側の挑発に乗った暴言等を捉え、就業規則該当の解雇事由ありとして、原告を解雇するに及んだものであり、まさしく、本件解雇は解雇権の濫用というほかはない。

なお、被告は、前判示認定の原告の交通事故裁判を巡る裁判費用の負担問題から生じた会社又は宮内への不満が原告の暴言・暴行の原因であった旨を主張しているが、仮に、かかる不満が原告の胸中に併存していたとしても、本件係争関係を全体として観察するならば、本件については、宮内に対する警戒心並びに宮内の挑発的言辞への抵抗等が本件暴言・暴行の主因をなしていたものといえるので、被告の右主張は採用できない。

すると、本件解雇は解雇権の濫用として無効というべきである。

四1  原告の本件解雇直前三か月分(昭和六一年一月分から三月分まで)の賃金の額が請求原因4掲記のとおりであることは当事者間に争いがなく、したがって、原告の本件解雇直前の平均賃金が一〇万一二八二円になること計数上明白であるというべきであり(因みに<証拠>によれば、被告が原告を解雇するに際して支払った一か月分の予告手当も一〇万一二八二円であると認められる)、また、賃金算定期間及び支払期日が請求原因4のとおりであることも当事者間に争いがない。

2  請求原因5(紛争の存在)の事実は当事者間に争いがない。

五結論

以上のとおりであって、原告の本件請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官砂山一郎 裁判官將積良子 裁判官山本和人)

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